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2007年06月20日

「5人の子供のお母さん李ヨナさん、米大学 首席卒業」

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「5人の子供のお母さん李ヨナさん、米大学 首席卒業」


          
−世界日報,6月15日



子供を5人持つ韓国主婦が、アメリカの名門大を首席卒業した事実が一歩遅れて知られて話題になっている。

先月の22日、ニューヨークのテリタウンにあるポダム大学メリーマウント分校の今年の卒業式で、この大学の絵画科の李ヨナ(28)さんが卒業生200人余りの中で首席になり、地域新聞である‘ハドソン・インディペンデント’の1面を大きく飾った。

李さんは世界平和統一家庭連合の創始者文鮮明総裁の七番目の嫁でもあり、僑民社会はもちろんアメリカの主流社会でも人目をひいてる。

李さんは文総裁の7男である亨進(ヒョンヂン、28、ハーバード大大学院宗教学科卒業)さんと結婚し、1997年に渡米、ニューヨークのテリタウンに住みながら 4男1女を生んだ。

結婚で在学中だった国民大学の視覚デザイン学科を中退しなければならなかった李さんは、勉学の思いを放棄せずこの大学に入学し、学業を続けて来た。

周辺では、李さんが学校生活中も授業がない時には、家に駆け付けて子供の面倒を見て帰って来るなど ‘家庭と学業’という二頭の兎を掴む業績を見せてこのような栄誉を抱いたと伝えた。

今年、李さんが卒業作品として提出したお爺さんと孫の仲直りを扱った創作童話の本には、虎と松の絵が登場するなど韓国民画のイメージがぷんぷん漂って、指導教授から好評を受けたと後から評判になっている。

李さんは “何でもないのに恥ずかしい”とし、“機会が与えられれば、子供の為の教育童話の本を執筆したい”と明らかにした。

ニューヨーク・ポダム大学はカトリック系統の由緒ある大学で、5年前、両性平等のアメリカ社会では珍しい100年伝統のメリーマウント女子大学を引き受けて、四番目の分校にした事がある。

特に今年は、メリーマウント女子大のシステムが完全に消えて男女共学に転換され、李さんがこのシステムの最後の卒業生として記録され、首席卒業の意味が更に格別だ。

posted by uc40 at 22:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 01.おすすめの記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

ワシントン・タイムズ 創刊25周年記念晩餐会

ワシントン・タイムズ 創刊25周年記念晩餐会

25年にわたり重要な役割を果たす

基調講演(抜粋) 第41代米国大統領 ジョージ・W・ブッシュ
 

 1982年にワシントン・タイムズが報道を開始したとき、冷戦は最も熱い時期にあり、アメリカの首都にある新聞には、アメリカ国内にいる自由人の灯火としてだけでなく、鉄のカーテンの背後に捕らわれた人々のための声として立つという、明確な役割がありました。
 ワシントン・タイムズの編集者と記者たちは、冷戦のかけ引きを理解していました。そしてソビエト連邦によって突きつけられた脅威を終わらせようとしている二大政党の国家指導者たちに対して、少しも恥じることなく支持の声を上げました。
 初めから、ワシントン・タイムズは、より確立された販路を持つメディアに対して果敢に挑戦しました。そのメディアに対して私たちが感じていたのは、リベラルな偏見に支配されているということでした。1980年代にレーガン大統領と私がこの国を核のホロコーストに導こうとしているイデオローグとして風刺されたことを私は決して忘れません。
 しかし、その後、おかしなことが起こったのです。超大国の間で一発の銃声も上がることなく、冷戦において自由が勝利したのです。そして新たに民主化されたロシアとともに、私たちは戦略的核軍縮への道を歩み始めたのです。そしてまた、ワシントン・タイムズはしばしばわが国の首都において、わが国の防衛強化と大統街を支持するたった一つの声となっています。
ですから、私はワシントン・タイムズと、貴紙がわが国の首都における国家的論争において、25年間にわたって果たしてきた重要な役割に対して、敬意を表します。今日、貴紙の声は、かの古いリベラルなライオンに挑戦し、バランスをもたらす上で、かつてないほどに必要とされているのです。
 数年前、私は幸運にも、貴紙の姉妹紙であるアルゼンチンのティエンボス・デル・ムンドの創刊に際して話をする機会がありました。私は支持を表明するためにそこに行きました。なぜなら、もしワシントン・タイムズがこの街に対してなしたことを、ティエンボス・デル・ムンドがブエノスアイレスに対してなすことができれば、アルゼンチンはそれによってより良くなるだろうと感じたからです。
そして、私がワシントン・タイムズの創設者であるレバレンド・ムーンと、この新聞を立ち上げた彼のビジョンに感謝しなければ、私は不注意のそしりを免れないでしょう。彼なくしてワシントン・タイムズはあり得なかったし、ワシントン・タイムズの存在しないワシントンやアメリカは、想像したくもありません。そして、私の親友であるウェスレー・ブルーデンと彼の記者および編集者のチームに対して、その勇気その献身、そして自らの目で見た真実の報道に対して感謝の意を表します。
 私は朱(東文)博士とワシントン・タイムズ財団が生活水準を引き上げ、世界に善意を広めるためになしてきた多くの良き業績にも敬意を表したいと思います。それはいまも必要とされていることです。
 私が今夜こうして皆様の前に立っているのは、私が恵まれた男であるということです。4年間、私はアメリカの政治の頂点に立ち、歴史上特異なる時期の出来事を形成する機会を与えられました。毎日私はベストを尽くしました。
そして1992年の選挙ではわれわれが望んだとおりにはなりませんでしたが、私の良き友人であるビル・クリントンのおかげで、後悔はありません。自分のチームと私は誠心誠意、奉仕しましたが、それを決定するのは他者であった
と言っていただければと思います。
 今、私にとっては家族こそが人生です。私が光栄にも持つことができたすべてのタイトルの中で、最も重要な3つが私に残されています。それは夫であり、お父さんであり、おじいさんです。
 私をこの祝祭に呼んでくださってありがとうございます。とりわけ、ワシントン・タイムズの皆様、最初の四半世紀の成功おめでとうございます。次の25年間もワシントン・タイムズが時代をリードし、ますます重要なものとなりますように。

posted by uc40 at 18:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 01.おすすめの記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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