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2008年01月17日

知られざるら致・監禁の現実 ロイヤルコーポ505号室 Part8

<8>脱会者の登場
 
四ヶ月間で私が会った脱会者は、三〇人から四〇人になる。実に様々な人に会った気がする。監禁によって脱会した直後のメンバーは、一定期間、牧師の指導のもとで共同生活をしながら「リハビリ」と称して説得活動に携わるという流れになっているようだった。
 
脱会者らは、二、三日に一度やってきた。いつも二、三人ずつ連れだってやってきた。たまに一人で来るのは、監禁を熱心に進めているメンバーだけだった。なぜなら、脱会直後のメンバーが一人で説得に行くと、かえって監禁されている側から説得を受け、ミイラ取りがミイラになってしまう可能性があるからである。また、脱会はしたけれども、監禁を行うことに対して反撥しているメンバーもいて、反対派にとって都合の悪い発言をすることがある。これらを牽制するために、二、三人ずつ訪問することになっているのである。
 最初にやって来たのは、歳が私と同じぐらいのF君、H君という元原理研究会の二人の男性だった。どこにでもいるような、ごく普通の青年という印象を受けた。
 私が「あなた達はなぜ脱会したんですか」と聞くと、F君が「原理が真理ではないからです。統一教会の人は、やめた人は原理がよく分かってなかったからだと言うけれど、そうじゃない。本当に原理が間違ってるんです」と答えた。まるで、居酒屋でほろ酔い加減の人が、隣の人に世間話をふっかけるような、屈託のない口調だった。それから、聖書と統一原理の関係などについて、話したくてたまらないという雰囲気で、得意そうに話し始めた。
 F君は、人なつこい雰囲気で、自分の心に浮かぶことは黙っていられない性格らしかった。お調子者で無責任なところがあるが、悪い人間ではない、という印象を受けた。どちらかと言うと好感を覚えた。
 H君は、少しやせた体つきで、神経質で人間関係が下手らしいという印象を受けた。ときおりキッと睨み付けるような目つきを見せた。会話の中にも自分勝手さがにじみ出ていて、それが鼻について好きになれなかった。脱会者同志でも、それぞれ統一教会に対して抱く感情は相当違うものがあるように感じた。
 また、次に「あなた達と、普通に脱会した人たちと、どこが違うんですか」と聞くと、H君がプライドを傷つけられてムッとしたという感じで「全然違うよ。ここにいる脱会した人たちは、そんなイイカゲンな人と違って、神の為と思って、バリバリ一線に立っていた人たちだ」と答えた。
 私が「どうして説得活動をするんですか」と聞くと、H君が勢い込んで「仲間を救うためだ」と答えた。さらに「本人の意図に反して閉じ込めるのはどう見ても犯罪ですよ」と言うと、F君がまた屈託のない感じで「それは君に被害者意識が大きいからだよ。親子がよく話し合って家族関係が良くなれば、きっとアリガトウ、という気持ちになるよ」と答えた。
 私は、こうした言葉を聞いているうちに、彼らの無責任なものの考え方に腹がたった。監禁を陰で進めていながら、自分のしていることに対して社会的な責任をとるつもりがないのか、怒鳴りつけたくなった。私のそうした思いを察したのか、F君は膝を抱えながら「まあ、僕らはあくまで第三者に過ぎませんから……」 と言い訳がましく言った。この言葉は私がマンションにいる間、何度も脱会者たちから聞かされることになった。脱会者たちは、話がややこしくなるたび、こう言って逃げ、責任を回避しようとするのである。
 私がさらに「やめてからどうして、教会の人とコンタクトをとろうとしないんですか。みんな心配してるんですよ」と聞くと、H君が私を睨むようにして「統一教会で結んだ情関係は全て誤ったものだから、後ろ髪を引かれる必要はない」と答えた。私が「でもあなたは仲間を救いたい、と言いましたよね」と聞くと、H君は「今でも、仲間だと思っている。兄弟姉妹だと思っている。だから、救いたいんだ」と、半分自分に言い聞かせているような感じで答えた。私が「じゃあ、情関係を切るなんていうのはおかしいんじゃないですか」と突っ込むと、彼は「それはそうだけれども……」と返事に詰まり、少し考え込んでいるようだった。実際に彼の心の中では、統一教会を否定したい気持ちと、昔の心情関係を懐かしむ気持ちとの二つが複雑に交錯しているように感じられた。
 彼らはいまだに、脱会作業に携わっていると聞く。
 彼らは、脱会して本当に幸せをつかむことができたのだろうか。
 
こんな会話もあった。
 ある時、ある脱会者に「統一教会をやめて、今どんな心境ですか」と聞いたら、「夕鶴」という民話を例に挙げて、説明してくれた。「美人の妻をもって、幸せ一杯だと思っていたのに、相手が鶴だと知ってしまったので、もう元には戻れない、という気持ち」なのだそうだ。私は監禁を受けていたこの四ヶ月間で、脱会して幸せになった、とはっきり感じられるような人には会った記憶がない。
祝福を受けた人も多くいたが、全員、祝福を破棄したそうである。中には相対者のことをいまでも忘れられず、三〇代後半になってもずっと独身で過ごしている人もいたのだ。  
また、監禁を受けた後、親子の信頼関係にヒビが入ってしまった人や、教会にいたときの方が幸せだった、と言葉に出して言う人も実際にいた。
 一度は神と出会って、純粋に歩んで来たはずの人達が、どうしてこうならなければならなかったのか、と考えると、本当に今も胸が痛む。
<CAPTION>
 台所の開き戸には、自転車のチェーンキーがかけられていた。親が私を狂人あつかいしていることを見せつけられて、大きなショックを受けた
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