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2008年07月09日

知られざるら致・監禁の現実 ロイヤルコーポ505号室 Part27

<27>情的試練

 私には、物事が自分たちの引いたレールのとおり動く間は良い顔をするが、一旦レールを外れようとする者にはどんどん締め付けをするという反対派のズルさが分かっていた。しかし、そんな中で感心させられたこともあった。
 
松永牧師は、たいてい夜11時ぐらいまで説得活動を行う。そして朝は5時、6時ぐらいに起き出して、脱会者たちと早朝祈祷会を行い、現在マンションにいる・脱会対象者・のため、一人ひとりの名前を挙げて祈るのである。私に言わせれば動機がかなりずれているが、脱会者達は松永氏のこういった熱意に感動し、また尊敬しているのである。
 またある時、私が松永牧師に、とある別の反対牧師に説得を受け脱会した知り合いに手紙を書き、「これを渡してほしい」と言った。二、三日後に松永牧師は「大事な手紙だと思ったので、速達で出しておきました」と伝えてきた。手紙の内容をこっそり見たという様子もなく、プライバシーをきちんと守ってくれたらしかった。これは情的な懐柔作戦というよりは、個人的な好意としてであるように感じた。
 また、私は信仰は失っていなかったが、情では、このまま離教したらそれもいいかも知れない、とよく思った。ここまま流されて行けば、それなりの幸せが手に届くところに見えている。そして「それでもいいかも知れない、もう疲れた」ともう一人の自分がささやいている。原理もメシヤも確信していながら、未来の約束より、見えるものがすぐ欲しい自分もいるのである。

 松永氏は、この間十日に一度ぐらいやって来た。訪問の度ごとに「文師は色情狂である」「韓国の食口は、性的に乱れている」といった話をしてきた。しかし何の証拠も出そうとはしなかった。脱会者はこういった話を何となく信じているらしかった。
 一番、怒りを覚えたのが、故人に対しての悪口である。松永氏はあるとき、統一教会に対して賛同的だったT大学のH先生に対して、もう故人であられるにも関わらずひとしきり悪口を言った後、「統一教会しか家族の面倒をみてくれないのだ」などと揶揄してきた。
 この時、私は松永氏の人格を決定的に疑った。何でも言えばいいというものではない。もし私なら、故人に対してこのような悪口は絶対言わない。それでも私は、怒りが込み上げる中で「そうですか」「そうなんですか」と答えるしかなかった。
 もう一つ印象的だったのが、和賀信也牧師のことが話題にのぼった時だった。松永氏は「和賀牧師は、マンションに来て説得をしたりはしないんだ。本人が話すと言えば、喫茶店ででも話すからな」と嫌そうな顔をして言った。私は、そんなことは私と何の関係もないのに、何故いちいち話すのだろう、と思いつつ聞いていた。
 あとで聞いたことによれば、自分がこんなに苦労し、危険を冒して、ある意味「汚れ役」を引き受けて、「救済活動」をやっているのというのに、和賀牧師は楽をしているということで、周囲の反対牧師からは嫌われているのだそうだ。
 松永牧師も、説得作業とは関係なく、ついこうしたことを言わずにはいられないのだろう。
 反対派同志で、このような反目というか、分裂がある。説得作業の「舞台裏」を垣間みた思いがした。

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