挨拶
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2008年07月08日

知られざるら致・監禁の現実 ロイヤルコーポ505号室 Part26

<26>崩れる監視体制
 
六月に始まった監禁であるが、八月下旬に新しいマンションへ移ってから、次第に監禁をしている側にダレた雰囲気が漂うようになった。
 最初のうち、私が「マインドコントロール」されているのだ、と思いこみ張り切っていた家族は、私が反対派の「カリキュラム」を全部消化してしまい、脱会者も「もう川嶋君は、マインドコントロールにはかかっていません」と助言するようになると、逆に監禁を続ける熱意を失ってしまった。張りつめていた空気はなくなってしまい、監視態勢は次第に崩れていった。
 
新しいマンションに移ってから後、兄夫婦は、もともとこの監禁には反対だったこともあり、仕事があると言ってマンションから遠ざかった。私がとくに逃げようともしないので、父の知人も帰された。
 一週間後ぐらいから、窓についた特殊な鍵も外され、ベランダで洗濯物を干すときや脱会者の来る時は窓を開けるようになった。

反対派の弱点 
普通は、訪問している脱会者全てが話してみて「脱会している」と判断すると、「OK」が出されるのだそうである。しかし、その脱会者たちももう来るのを嫌がっているようだった。私がある脱会者に「もう、僕には愛想が尽きたということですか」と聞くと「うーん、するどいね」と答えが返ってきた。私に言わせれば、私が彼らに「あなた達は私を心配しているわけではなく、利用しようとしているのだ」という事実を彼らに何度か突きつけてしまったので、彼らにも私を説得したいという気持ちがなくなってしまったのだろう。脱会者の中でも積極的に説得活動をしているメンバーはまだ頑固に来てはいたが、もう話すネタもなく、つまらない雑談で終わることが多くなった。
 実は、反対派の行なっている監禁には大きな弱味がある。反対派側の「切り札」が全部出尽くした時点で、反対派にはやることがなくなってしまうのだ。
 反対派も、監禁された当人が信仰を失わなかった場合が恐いのである。信仰を奪えないのに監禁が長引けば、どんどん犯罪を重ねているだけなので、反対派はかえって自分の首を締める結果になる。


 私の場合も、偽装脱会であることは何度も疑われていた。しかし、私がすべて「脱会プログラム」を消化して、口では「やめる」と言っているかぎり、反対派はもう私への説得をあきらめるしかなかった。後は逃げる必要すらなく、いかに向こうにとって形良く終わるか、だけであった。九月以降は退屈な日々が続いた。
 時間が緩慢に過ぎていった。時として、2、3日何もやることがないままにすぎる。まるっきり何も進まないことにイライラする。毎日、運動不足の解消のため部屋の中をぐるぐる歩いて回るようになった。
 七階で見晴らしは良かったので、日中ずっと空の雲の形が変わるのを見たりしていた。また、家族に頼んでいろいろな本を買って来てもらい、それを読んで気をまぎわらせた。

2008年07月07日

知られざるら致・監禁の現実 ロイヤルコーポ505号室 Part25

<25>「青春返せ」の原告が登場
 
 二度目のマンションに移り、しばらくたった頃、Kさんという女性がやってきた。なんでもずばずば口にする性格の人で、「青春返せ」裁判の原告をしているという。反対活動を活発にやっている脱会者である。
 反対派は、手ごわい相手には相当強烈なメンバーをぶつけてくる。本人が心の底でどう思っているかを吐きださせるためである。多分この人がその役割の人に違いないと、そのとき思った。
 Kさんは、自分が監禁されたときの話を長い間話し続けた。「私は青春返せをやってるけど、仲間を救いたいと思っているだけ。気が狂った人だって知っているんだから」「原理なんて滅茶苦茶よね。でも私は霊体験したので、最後までそれが引っ掛かっていたわけ」「私はもともと看護婦やってたのよ。がん病棟に勤めて、患者さんの死に立ち合ったこともある」など、とにかく思ったことをどんどんぶつけてくるのだ。
 その後、私にいろいろと質問とも恨み言ともつかないものをぶつけて来た。「あなたもオメデタイわね。マンションの場所を知らせても、(CARPから)助けになんてくるわけないじゃない」「統一教会なんて、希薄な人間関係で縛るだけだわ」。
 この人は、「人間同志の心のぶつかりあいこそが、生きている証しである」、という強いポリシーを持っているそうだ。こうした人物が、離教させるため監禁を奨励するということが、なんとなく理解できる。監禁というのは、なるほど「心のぶつかりあい」がある現場なのだ。
 だから、口実さえあれば、どんどん監禁をするべきだ、その方が、より人間らしい生き方なのだ、ということである。この人の場合、それが善か悪かより、「人間らしい生き方」を優先するのである。
 適当に受け答えしていると、Kさんが「なんか、あなたを見てると、全然本気になってないじゃない」とピシャリと言った。「周囲はみんな、真剣なのよ。あなたがのらくらしていて、どうするの。ここであなたの人生の問題を真剣に考えないとダメなのよ」と、言葉が続いた。
 後で聞いたところによると、Kさんは監禁現場ですべての人に対してこの言葉をぶつけるらしい。これがKさんの決めぜりふで、この言葉をぶつけては、本人が心の底でどう考えているのかを吐き出させようとするのだ。
 確かに、ここで彼女の言う「心のぶつかり合い」を行なえば、その場では非常に手応えを感じ、腹の底にあるものを話し合って、満足感を得ることはできるだろう。反対派はこのような手を使って、本人の「親に原理を伝えたい」という思いを巧みに利用して、心の中にあるものを全て吐き出させ、すべてを相対化してしまう。そして、永遠の魂に関わる問題が、いつのまにか放りだされてしまうのだ。
 ここで私は、前々から思っていたことをぶつけた。今までは、家族の間にヒビが入ると思って黙っていたのだが、とにかくもう私はこの異常な環境をはやく終わらせたかった。言わずに済ませれば、と思っていたが、仕方がないと判断した。
 私は継母に向かって言った。「見ず知らずのあなたが、ぼくのことを心配してるなんて思っていない。あなたは家族のぼくに対する愛情をダシに使って、周囲に“ヒデオを救ってくれてアリガトウ”と誉めてもらいたいだけだ」。
 継母の顔がこわばる。「どうしてこの家の人はこんなにひねくれているの。もう我慢できない」と継母が叫んだ。
 継母は後妻として、いろいろ肩身の狭い思いをして来たであろう。本人の心の中では「なぜ自分がこんなことに付き合わなければならないのか」という不満や、「ヒデオさんを救出すれば、きっと家族が一つになる」という淡い希望が交錯している。脱会者らのいる前で、面と向かってこうしたことを言われて、継母は相当ショックだったに違いない。
 なんでこんなことまで言わなくてはいけないのか、と私は情けない思いがした。Kさんは「ようやく家族が本音で話し合うようになりましたね」と言って帰って行った。しかし逆にこれ以降、私の家族間には大きなヒビ割れが走ることになった。Kさんは、結果的に言わなくともいいことを表に出させ、私の家族をバラバラにしてしまったことになる。
 Kさんはこの後一度もやってこなかった。

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